「「集合知」という言葉がある
簡単に言ってしまえば「みんなの意見は案外正しい」というものだ
そうかも知れないと思う反面、若干の不安もある
むしろ不安のほうが多いかもしれない
集合知が機能するためには前提条件がある
そのうちの多様性という分野は問題ないとしても
それぞれが人に影響されずに意見や行動を出せるかと言った
独立性は現実的には存在し得ないのではないか、、と思ったりする
つまりは人が判断を行う場合、自分の中から生まれた判断に従うのではなくて
実態は周りの人の意見に影響を受けているのではないかということで
それに自身の損得の要素を加えれば、人は全く客観的な判断を下すことは不可能ではないか
本当は人間の善性を信じて「みんなの意見は案外正しい」ということにしたい
だが、自身の経験を踏まえると、それは少しむずかしいのではないか
と思えてならない
誰もが確実な未来を見ることはできない
未来は想像とか予想の中にあるだけだ
それ故に、あるべき未来に大して生産的な行動をすれば
未来を良くすることはできると考えることはできる
だから未来に対してできることは、想像して未来にたいする「覚悟」
の一言のような気がする
参議院選挙が行われる
投票率が高いことを望むが、高い投票率の中にとんでもない投票行動を起こす
モノがある不安を消し去ることはできないのが現実だ
(面白半分にNHK党に票を投じたり)
社会をコントロールする方法論としてのプロパガンダ、ポピュリズム、
そして少しばかり雑な断言によるわかりやすさに酔ってしまう人々
漠然とした空気に抗えない大衆
社会人としての人が何かを選ぶということは
思いのほか難しいようだ
(自分はへそ曲がりだから、投票結果は多くの人の支持があるものとしても
それが良いものかについては別問題で、気に入らないモノには声を上げるつもり)