経済学は「学」という字があるが、学問とか科学ではなく
宗教(信仰)のようなものだと言う人がいた
経済は(社会環境などの)不確定要素の多いために
理論通りなるとは限らず例え数式があったとしても
それは科学とは言えず、むしろ数式とか理論への信仰のようなもの
というのだ
正直なところ経済に明るくないので、わからないことが多い
「責任ある積極財政」というのはどういう意味なのか
「責任ある」の一言の意味はどういうことか?
それを素人なりに想像すると、「積極財政」は市中にお金を回す
つまり国債を発行するということ
日本の停滞はお金が十分に回っていないからで、自国通貨の
国債が発行できる日本はデフォルトに陥ることはないから
どんどん国債を発行して経済を活性化しようとする考え
でもプライマリーバランスを守ろうとする財務省は
それを危険視して無茶はやめるようにチクチクと手を打ってくる
その行動を「ザイム真理教」を始めとして批判している人もいるのだが
高市さんの「責任ある」の一言は、一応プライマリーバランスのことも
考えていることを表している
経済がこの方針で好転すれば税収も多くなるので
国債発行分はそれでいくらかカバーできるとしているようだが
この仮定は本当にそのように上手くいくのかな?
と予想の甘さを心配してしまう
そもそも日本の経済は積極財政派の言うように
世間にお金が回っていないから停滞しているのだろうか
なんだか違うような気がして、とても賢い生成AIに聞いてみると
むしろ企業(姿勢とか投資方法)にも問題があると回答があった
同時にリフレ派といわれる積極財政主義で経済が好転する
可能性はある(どうもマクロ経済はわからない)ともあった
今度は自国以外の評価はどうか?と見ると、円安が加速している
円安がこの政策に関係しているかどうかは、自分の頭では人に説明できるほど
理解はできないが、それでも何らかの関係がありそうなことは想像できる
ということで、結局はよくわからん話がおえらいさんの中で
討論されているのだが、それでは知識、理解力のない庶民は
何を信じることにしたら良いのだろうか?
この信じる根拠というものが、日本では「空気」「雰囲気」
に振り回されることが多くないだろうか、、と少し不安になる
空気とか雰囲気、多数派の中にいることで安心感を覚える人々
そして一旦その空気が主流を占めると、もう反対意見すら
言えない雰囲気とか空気が生まれる
先の戦争はそうした空気の中で進められてしまったのではないか
といろんな本を読むと想像できる
火事は小さいうちに消化したほうが良いのは当たり前のこと
社会の不穏な空気も小さなうちに消火作業をしたほうが良い
つまりは、社会に対する批判という行為は社会にとって
必要不可欠な行いと思えるのだが、「こんな人たち」とか
「本当に日本人なのか」と差別する雰囲気が
今の日本に出始めているのは、なんだか不安で仕方ない