去年この本(ナチズム前夜)を読んだ時は
漠然と小さな政党が権力闘争をして、巷で言われる民主的な選挙で
ヒトラーが圧倒的な熱狂で選ばれたとする歴史とは
少し違うなといった印象を持った
この本がショックだったのはヒトラーがトップになった時から
矢継ぎ早に繰り出された法令の数々で、それはまるで今のトランプ大統領の
大統領令の様な気がしたのだった

最近、あるところで目にした言葉が頭に刻まれた
それはヒトラーは民衆の圧倒的な支持を得てトップに上り詰めたのではなく
小さな政党同士の権力闘争の中、「彼なら御しやすい!」と判断した
政治家たちの間違った判断でその地位に就いたというのだ
こんなはずではなかった!
そうしたことが現実に起きてしまって、政治家たちが何とかしようとした時は
もう手遅れだったというのだ
それをチャッピーで確かめると
ナチスは単独過半数を取ったことはありません。
1932年の選挙でも第一党にはなりましたが、
国民の過半数がナチス支持だったわけではありません
1933年1月、ヒトラーは選挙で直接首相になったというより、
保守派エリートたち(財界・官僚・旧貴族・右翼政治家など)の
権力取引の結果、首相に任命された
「彼なら操れる」と考えた人々とは
代表例はFranz von Papenら保守派です。彼らはおおむねこう考えました。
ナチスの大衆人気を利用したい
左派(共産党・社会民主党)を抑えたい
ヒトラーを首相にしても、閣僚の多数は保守派だから制御できる
すぐ現実路線になるだろう
有名な趣旨として、パーペンは「彼を雇い入れれば、2か月で隅に追いやれる」
といった感覚を持っていたと伝えられます。
つまり、既存エリートが、自分たちの利益のために危険人物を利用
しようとして失敗した、、というのが実態として解説している
このエピソードが怖いのは、現代もそれと似たようなことが
起きているのではないのかということ
アメリカでも日本でも、そんなことはするはずがない!
したところでいつでもブレーキはかけられる!
それが一人の暴君のせいで、その予想が大きくハズレつつ
あるのではないかということ
MAGA派の人びとも、何か違うぞ!と考える人でてきているようだし
日本でも麻生さんも、少しばかり暴走気味な高市首相とは
距離を置くようになっているらしい
ドイツの歴史を教材とするなら、今庶民ができることで自分が思いつくのは
「抵抗する姿を可視化すること」で、今なら間に合うとも思う
それは必ずしも悲壮感に満ちていなくてもいい
普通の人が普通に思うことを当たり前に口にする
それだけで良いと思う
それには少しばかり勇気がいるが、後の時代の人に
「あの時お前は何をした?」と言われないために
そして一番の話し相手である自分との対話に正直になるために