パンセ(みたいなものを目指して)

長年付き合ってきたGooブログからの引っ越しです 思いついたこと、日記風なもの、年相応の社会的なもの、市政のこと、音楽、サッカー、つまりはごった煮の内容です

大きくなったら、なりたいものは?(今、どんな人物が理想か?)

朝のテレビ番組に、タレントさんが幼稚園とか保育園にいって
幼児とおしゃべりをするものがある
先日、「大きくなったら何になりたい?」
と質問をすると、まさに小さな子らしい答えが返ってきた
「カエル」
「どうして?」
「可愛いから」
「カエルになるぞ!」と拳を突き上げて大きな声をあげた

まだいろんなことがわかっていない幼児が口にする言葉は
本当に罪がなくて面白い
そしてそれを聞く自分たちもどこか救われる

流石にいい年齢なので大きくなったら何になりたい?
と自身に問うことも考えることもない
しかし、この人は偉い人だな、、と思う人はいる
それは実際の人物ではなく、フィクションのなかの人で
大好きなヘッセの作品の中の登場人物でヨーゼフ・クネヒトという人物

デミアンとかシッダールタほど馴染みがある作品ではないが
最後の大作「ガラス玉演戯」のガラス玉演戯名人という立場の人だ


そもそもガラス玉演戯とは何かが良くわからないが、
音楽、哲学、数学などを統合した何やらゲームみたいなものらしいが
そこで育って名人になったのが、ヨーゼフ・クネヒトだった

彼は閉じられた秩序だった世界の中で奥義を極めた人物で
その世界では頂点に達する境地にいた
しかし、彼は名人の地位を捨てて、この一種象牙の塔の世界から
世間という何でもありの世界に飛び込む決心をした

彼は時々討論する機会のあった商人(?)の生き方を知ることで
自己完結しない問題の存在を知り、そこで世間という荒波に
出かけることとしたのだ

わざわざ困難な道を選んでしまうのはシッダールタや
ナルチスとゴルトムント(知と愛)のストーリーと同じだが
ヘッセは自己完結する閉じた世界で無難に生きるだけでは
飽き足らないと何度も繰り返しているようだ

この敢えて困難な世界に飛び込むという気概こそが
本当の勇気のように感じたりして、自身を顧みるキッカケになったりする

ところで、この大作の後半に良寛さんを思わせる(?)ような詩が
入っているが、それはシャボン玉というタイトルの味わい深い作品

こんな内容の作品だ

シャボン玉

長い長い年月の研究と思想の中から
おそくなって一老人が晩年の著作を
蒸留させる。そのもつれたつるの中に
彼は戯れつつ甘い知恵を紡ぎこんだ。

あふれる情熱に駆られて、一人の熱心な学生が
功名心に燃え、図書館や文庫を
しきりとあさりまわって
天才的な深さのこもった青春の著作を編んだ。

ひとりの少年が腰かけて、わらの中に吹き込む。
彼は色美しいシャボンのあわに息を満たす。
あわの一つ一つがきらびやかに賛美歌のようにたたえる。
少年はありたけをこめて吹く。

老人も少年も学生も三人とも、
現世の幻のあわの中から
不思議な夢をつくる。それ自体は無価値だが
その中で、永遠の光がほほえみつつ
みずからを知り、ひとしおたのしげに燃え立つ。

    高橋健二 訳

今は「ガラス玉演戯」を読む気力も集中力もないが
読める時に読んでおいてよかった、、とつくづく思う