独断と偏見に満ちた思いの発露を!
(と言いつつも半ば真実と思っているが)
迫力ある笑顔に負けないように、、みたいなことを
国会の党首討論で中道改革連合の小川代表が高市首相に向かって
挨拶がてら口にした
一部にはこの挨拶みたいなものは余分で、党首討論の重要性を
理解していないとの声もある
彼は正直でいい人なのだが、時々こうしたチョンボをする
でも、個人的にはこの発言は「わかるなあ」と言う気もする
それは苦節何年の時間を費やして、良いことも悪いことも
権力把握のために何でもしてきた人の、いい言葉で言えば
清濁併せ持つ、悪い言葉で言えば平気で嘘をつく人の
体全体からにじみ出る何かを感じたのではないかということ
今までに会った瞬間にどこか不安を呼び起こす人物がいた
その二人は首長で、ある事務所の開設に挨拶に来たその人は
挨拶をし始めると、彼からにじみ出る何かは
どこか気持ち悪い、、というものだった
もう一人の人物は、子どもたちのサッカー大会の
挨拶に来た人で、身近で見ることはなかった人だったが
あれだけ身近に見た時は 胡散臭い人だな!
と感じたことは覚えている
前者は数年後、賄賂等の事件で追われるようにその地位を去ったが
最初感じた違和感は正しかったと思うのだった
後者は、雄弁で同じことを繰り返さない演説が得意で
それは才能という他はないが、良く聞いてみるとどこか前提が違っている
と思われることがあった
彼は清濁併せ持つというタイプの人だった
ということで、人は初めて合う人に第六感でどのように感じるか?
ということは、案外正しいのではないかということ
子どもはいい人、危ない人を何となく区別できるのではないか
という気がする
近所には髭を伸ばしてだらしない風貌で
(それは外形と言うより精神に問題がありそうな)」
子どもでなくてもあまり近づきたくないと思える人がいる
見た目で判断するのは良くないかもしれないが
人を不安にさせる雰囲気の人はいるものだ
ニュルンベルクで道を尋ねた人は暗い目をしていた人で
道を教えてもらった時、お礼の金銭を要求された
そしてそれは、やはり!との印象をもった
と言っても、自分が人からどう見られているかはわからない
自分で思っているより胡散臭いとか、頑固そうだとか
変わった雰囲気だと思われているかも知れない
でも、先日自宅の駐車場である女性から声をかけられた
その人は中国人でスマホをもってマッサージの店を探していた
この近くのはずといって、聞きにきたのだった
それに応えようとしたが、その店は思いつかなかった
困っていると、お隣さんが目に入ったので
「この店知ってる?この人が行きたいみたいだけど」
中国人のスマホを見て
「これって あの〇〇近くの店じゃない」
そう言えば、確かにスマホの内容とぴったり合う店があったのを
思い出した
「きっとそうだね」
「ちょっと待てって、地図をプリントアウトしてくるから」
といって、お隣さんは家に戻っていった
「良かったね」
こんな風に問題解決したのだが、そこでホッとしたのは解決したこと
ではなくて、見ず知らずの人が声をかけてくれたこと
「人に尋ねられる人になりなさい」
それは何かで知った、良い人間の条件だったが、それはずっと頭に残っていて
それはなされたことで安心したのだった
第六感は最初からあるものか、それとも後天的に身につくものか
わからないが、そうしたものは案外馬鹿できないぞ!
と思うのだった