パンセ(みたいなものを目指して)

長年付き合ってきたGooブログからの引っ越しです 思いついたこと、日記風なもの、年相応の社会的なもの、市政のこと、音楽、サッカー、つまりはごった煮の内容です

「論語」から連想したあれこれ

昨日の続き
昔、購入して最後まで読めなかった「論語」を本棚から引っ張り出してきた



分厚いので適当にピックアップして読んでいると
急に聞いたことのある部分に出会う
流石に有名なところは、有名になるだけのことはある!と実感する
温故知新もそうだが、今回そのとおりだと実感したのが
「學びて思はざれば則ち罔(くら)し。思ひて學ばざれば則ち殆(あやう)し」
現代語訳は
「書物や先生から学ぶだけで自分で考えないと、混乱するばかりだ
考えるだけで学ばないと、不安定だ」
ホントそうだな、、と思う
論語は理屈と言うより人生経験からの知恵のようだ

ところで、この本を読んでいて気になったことがある
それは孔子が「詩経」をすごく評価していて
時々それに関わることを発言していることだ

「聞いたことはあるが、詩経とはなんだ?」と気になって検索すると
「中国最古の詩歌集で儒教の5経の1つ」
各地域の民謡で、恋愛、農事、結婚など、庶民の暮らしや心情が歌われている
とあった

なんだか万葉集みたいだな、、と思い
万葉集自体がこの詩経に影響を受けたのだろうか?
と頭に浮かんだが、時代が随分違うので直接には関係は薄そうらしい
詩経は紀元前11〜6世紀、万葉集は7〜8世紀)

でも人の思いは、いつでもどこでも同じ様なものかもしれない
とも感じた
世界の他の地区でも似たような詩歌はあるのだろうか?
続いて浮かんだのはこのことだった
旧約聖書関係でありそうな気がするし
ギリシアにもあるような気がする
つまりは、人はおんなじようなものだ、、と想像するのだが
どうなのだろう

そんなことを思っていると、モーツアルトやベートヴェンの時代
日本では江戸時代になるのだが、そこに共通認識とされていた
考え方とか価値観は、どのくらい違うのだろうか?と疑問を覚えた
政治制度ではなくて、庶民の思いとか感情は似たようなものか
それとも独自なものか?
こうしたものは世間に出回っている本とか音楽とか絵とか
そうしたもののほうが良くわかる気がする

ということで時代の空気を表した文芸作品は
この観点で今読むと面白いかもしれないと思ったりした

自分は、このようにあれこれと色んなところに気が散るのだが
これは現代小説で使われる「意識の流れ」という言葉で説明
される現象なのだと思い込むことにしている