パンセ(みたいなものを目指して)

長年付き合ってきたGooブログからの引っ越しです 思いついたこと、日記風なもの、年相応の社会的なもの、市政のこと、音楽、サッカー、つまりはごった煮の内容です

憲法前文は格調ある文章か、それとも悪文か?

真面目に読んだことがなかった憲法の前文
数ヶ月前、SNSに挙がっていたので読んでみることにした
内容は以下の通り

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

なかなか良いことが書かれているじゃないか!
というのが個人的な印象で、先月数人が集まって開催されたおしゃべり会で
この文章を読み上げた

ところが皆が皆この文章を肯定的に捉えている訳ではなさそうだ
肯定派は格調ある文章と評価し
否定派は翻訳文みたいな変な日本語と批判している
(そう言ったのは都知事を務めたことのあるあの人
 そして彼は教養主義の没落という現象を引き起こすことになった)

格調ある文章とする人は、書かれている思想に関して共感を覚えていて
その思想は少しばかりの説明とちょっとした理解力を要するもの
であることを受け入れている
ところが翻訳文という人は、言い回しがくどくてわかりにくい
と内容以外の表現について文句を言っている気がする

わかりにくい文章というのは確かに存在する
今、森鴎外の小説を読むと漢字だらけで、ストレスが溜まりそうな難解な
文章に辟易しそうと想像がつく
夏目漱石にも似たような印象を持つかもしれない
海外ではドストエフスキーなどは濃厚な世界で、あっさりした軽妙さを
好む日本人にはしんどいかもしれないと思う
小説以外にもハンナ・アーレントの本は集中力と忍耐力が必要だ

でも、古典として長い間その価値を持ち続けているものは
それだけのことがあるとも考えられる
問題は、そうしたちょいと面倒くさいが価値あるものに
トライしようとしない人が多くなったら
どういうことになるのだろうか?という点

わかりやすさは確かに必要
でも、わかりにくいものも理解しようとする試みも同様に必要だと思われる
特に歳を重ねると、気力とか記憶力とか視力低下で
難しい本に取り組むのがしんどくなってくるので
若い人には、少しばかりカッコつけても読めるうちに
読んでおいたほうが良いと思う

行ける時に行っておいた方が良いのは山(登山)と
小難しい古典という山だとつくづく思う